◆随分久しぶりのアップデートとなります。世情騒がしい昨今、かなり予見できた事案とはいえ、煮詰まってきてもいる時期ですし、にもかかわらず、政権与党の不見識な放言にも困ったものです。

    ◆国民の多数が信任した政党ですし、総選挙時に集団的自衛権をなるべく争点にしない、悪意を込めて言うならば「姑息」な戦略を実行したとはいえ、総理の意向を承知しないで投票した人ばかりとも言えない中では、今回の安保法制はある程度民意のお墨付きを得たものといえます。世論調査の結果が芳しくないとはいえ、です。

    ◆民主主義のルールは、最後は多数決によります。もちろん多数派が誤る可能性がありますから、議論は必要です。議論さえ必要ないなら、そもそも議会が不要ですから。しかし、一定時期のこの国のかじ取りを自民党と安倍総理に任せた以上、どれだけ反対論が強かろうと、彼らが最終責任を負う形で意思決定を行うことは民主主義のルールにかなっています。

    ◆では、安保法制に問題はないのでしょうか?

    ◆安保法制が必要だという我が国をとりまく環境については解釈が割れます。仮に総理の言う通り、他国との緊張が高まっていることが正しいとして、その処方箋が集団的自衛権の限定行使かも、議論の割れるところです。

    ◆当ブログは、すでに2012年の衆院選時に、この問題に警鐘を鳴らし、自民党の政権復帰に反対をしました。従って、改めて反対論を申し上げるつもりはありません。反対であることは、当ブログにおいてはすでに確立した見解です。本稿が問題にしたい点は、むしろ別のところにあります。

    ◆左右どちらの現状認識や対策が正しいかはさておき、はたして今の国会審議の進め方は本当に問題がないのでしょうか。

    ◆当ブログは安保法制に反対ですが、憲法改正については特に否定しているものではありません。必要な改正はやればいいでしょうし、不必要な改正は時間のムダですからする必要がない。重要なことはこの国をどのような国にするかで、憲法はそれを実現する手段に他なりません。自称「保守」が述べるような「改正のための改正」は無意味です。

    ◆今回の安保法制審議が浮かび上がらせた事実は、憲法改正がやはり必要だということです。ただし、9条ではありません。問題は三権分立の仕組みが機能していないことです。

    ◆安保法制の議論を再整理しましょう。現在の懸案は安保法制が合憲であるか、違憲かに集中しています。憲法学者の反対は彼らの学説に基づくもので、中には合憲と判定する学者もいますが、いかんせん少数です。対する自民党は砂川判決をよりどころとして合憲と主張するか、憲法判断はおろか、法的安定性に興味を示さないか、二極化しています。

    ◆では、最終的に誰が合憲か、違憲か、判断するのでしょう?残念ながら最高裁は立法段階で違憲判断をしません。高村副総裁の砂川判決による合憲論は、仮に論文にまとめても、憲法学者の大多数の判定で博士はおろか、修士、学位号もとれないでしょう。政界は学界と決別しましたし、首相が指揮する内閣法制局も首相の意に背くことはありません。

    ◆つまり、現在の安保法制は最終的な合憲性のチェックを得ないままに議論しているといえます。いかに野党が違憲を叫ぼうと、国会周辺でデモが起ころうと、あるいは与党が合憲と主張しようとも、彼らの誰も最終的な判断をくだす権限がないのです。まさに、現行憲法が定めている統治機構の欠陥といえます。

    ◆やはり改憲は必要だと考えます。立法段階から合憲・違憲を判定できる「憲法裁判所」の設置が不可欠です。憲法が行政府や立法府の権能をしばるためのものならば、彼らに憲法解釈を自在に変更できる権限はあってはならないはずです。これが「立憲主義を守れ」というフレーズで議論されているのですが、その議論には実際は無意味です。

    ◆「立憲主義=憲法が為政者をしばる仕組み」のために、立法府・行政府をけん制する司法権があるわけです。機能させるべきは立法府・行政府のモラルや立憲主義に対するリスペクトではありません。先人が民主主義的な統治機構に導入しようとした三権分立の機能を復元することこそ重要です。

    ◆まず改憲をして憲法裁判所を設置し、次に我が国の外交環境について論じ、必要な安保法制を検討するという順序こそ妥当ではないでしょうか。そして、その法案が合憲ならばよし、もし違憲ならば、安保法制の前に必要な憲法改正を模索すべきです。仮に現行憲法では違憲でも、その法案が安保政策上必要ならば、改憲にためらいは不要なはずです。

    ◆磯崎補佐官が我が国の安保環境への憂慮をまず優先しましたが、これはあながち間違いではないとも言えます。問題は、だから法的安定性はどうでもよい、のではなく、その憂慮に対処するために法的安定性を維持したうえで法律整備を行うことです。その整備の途上、改憲が不可欠ならば、堂々と改憲を訴えるべきでしょう。

    ◆今、そこにある問題は安保法制が可決されることではありません。違憲立法かもしれない安保法制に確実な憲法判断をくだせない、日本の統治機構こそ問題なのです。その問題を放置したまま、権限がない与野党が勝手に議論し、その上、民主主義や法治への理解の浅い発言が飛び交うことは、我が国の貴重な時間とエネルギーの浪費に他ならないといえます。



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    2015.08.06 Thu  - 政治