◆自民党の選挙公約に、憲法改正、新憲法への「国防軍」の明記が掲げられています。この問題に熱心な安倍総裁はもとより、石破幹事長は「自衛隊は海外では軍隊と位置付けられている」、細田総務会長は「「隊」というのではなく、もう「軍」でいいのではないかという、表現の問題」と主張し、国防軍への名称変更に積極的な姿勢を見せています。

    ◆なるほど、実質的に軍隊なのだから、実名も「軍」にしようということのようです。他党が「平和憲法の理念に反する」と批判しても、文民統制は引き続き厳しく、平和主義を継承し、戦争を起こす気などない、と反論しています。

    ◆安倍氏の持論は「戦後レジーム」の打破です。戦後レジームとは何か、具体的に説明された記憶は薄いのですが、個別に「自衛隊」という名称を「打破」しようとする姿勢を見ると、筆者はやはり「擁護」の側に立ちます。自衛隊という名称を捨てて、国防軍とすることに本当に意義があるのか、極めて疑問です。

    ◆一般論として、自衛隊が軍事組織であることは筆者も同意しています。攻撃されるまで反撃できないという制約はあるとしても、その反撃能力、すなわち敵を殺傷する能力は世界有数のレベルにあります。にもかかわらず、自衛隊がこれまで「軍」を名乗らなかった、名乗らせなかった理由はどこにあるのでしょうか。それは言うまでもなく、憲法制定時の理念にあるはずです。

    ◆現行憲法は国に専守防衛を義務付けました。この理念の下で、「自衛隊」という名詞と「軍」という名詞には明確な線引きがなされています。「自衛隊」は専守防衛のための、あるいは、自衛権の行使のための軍事組織だから合憲でした。逆に、「軍」は「自衛隊」とは異なる、すなわち専守防衛以外の機能を持つ軍事組織に付与する名称、として整理されたのではないでしょうか。

    ◆自民党の政権公約の趣旨は、主要な政治家の発言を聞く限り、「実質的に軍隊だから軍という名称を使用する」ということのようですが、これに対して「実質的に軍隊だが、今後も自衛隊を名乗り続ける」という逆の選択肢も成り立つはずです。自衛隊が一般名詞としての軍隊であるとしても、固有名詞として「軍」を名乗るか、「自衛隊」を名乗るかは、選択の余地があります。

    ◆終戦から67年が経過しました。当時の国民が「軍」という固有名詞の復活を認めず、「自衛隊」という言葉を選んだ背景には「軍」が政治を壟断し、国に凄まじい惨禍をもたらした歴史を繰り返さないという決意のもと、「軍」という名称を封印したことがあります。そのために、実質的に軍隊である「自衛隊」を保持しても、その軍隊に「軍」という名称を付与しなかったはずです。

    ◆自民党は「日本を取り戻す」というキャッチフレーズを掲げています。しかし、自民党の主要政治家の説明は、筆者には海外の事例・見方にあわせて「日本らしさ」を捨てるように受け取れます。他国から「自衛隊は軍隊であり、日本は軍隊を持っている」と見られようが、「それでも自衛隊は軍ではない」と主張し、反論することが日本のアイディンティーではないでしょうか。

    ◆「国防軍」への名称変更がもたらす社会の変化についても、自民党はもっと明確に説明するべきでしょう。例えば、これまで自衛官と呼ばれてきた人々は、今後「軍人」と呼ぶのか。陸上自衛隊は「陸軍」になり、一等陸佐は「陸軍大佐」になるのでしょうか。大将や軍曹が普通に闊歩するのでしょうか?しかし、そんな名称変更をいくら行っても、国防力が増す訳ではありません。

    ◆名称変更の裏に、国防力の強化などを考えているならば、むしろ具体的な自衛隊の機能強化を検討すべきです。名前が勇ましくなれば、なんとなく強くなった気がする、という考えは、子供がヒーローの変身ごっこに興じるような発想で、いささか幼稚です。機能強化の方策として、例えば、以下のようなメニューが考えられます。


    【現状の機能を維持】
    (憲法)特に改正しない
    (集団的自衛権)行使を認めない
    (予算)防衛予算はGDPの1%の枠内に留め、その枠内で必要な防衛力を整備する

    【STEP1-防衛予算の拡大】
    (憲法)特に改正しない
    (集団的自衛権)行使を認めない
    (予算)防衛予算を拡大し、必要な防衛力を整備する

    【STEP2-集団的自衛権の容認】
    (憲法)集団的自衛権行使のために必要な改正は行う
    (集団的自衛権)行使を容認する
    (予算)防衛予算を拡大し(拡大しないという選択肢もあり)、必要な防衛力を整備する

    【STEP3-核武装などの対応】
    (憲法)反撃能力だけでなく、敵を殲滅できる能力を備えられるよう改正
    (集団的自衛権)行使を容認する
    (予算)防衛予算を拡大し、必要な防衛力を整備する


    ◆現状維持からSTEP3まで、あるいは他の形でも自衛隊の機能強化は考えられるでしょう。しかし、機能と名称は必ずしもリンクしません。仮にSTEP3の段階まで機能を強化したとしても、専守防衛のための軍事組織ならば「自衛隊」という名称でも構わないはずです。「自衛隊」を「軍」にすることと、機能の見直しは全くの別問題です。

    ※筆者は核武装を容認している訳ではありません。

    ◆なぜ「自衛隊」を実態に合わせて「軍」としなければならないか、という根源的な議論が必要です。名称を実態に合わせるだけとする主張は実は答えにはなっていない。名称を実態に合わせる必要があるのかが問題です。自衛隊という名前が分かりにくいならば、何度も繰り返し説明するという選択肢もあります。「自衛隊は軍隊だが、憲法の理念に基づき、軍の名称は用いない」と。

    ◆尖閣諸島を国が所有しても、所有権の移転だけで実態は何ら変化していません。それでも中国では大規模な反日運動が発生しました。実態は変わらずとも、「自衛隊」が「軍」になれば、やはり近隣諸国の目は厳しくなるでしょう。平和主義国家という認識を世界に広めた戦後外交の成果を失う可能性もあります。得るものと同時に、失う可能性のあるものにも目を向けるべきです。

    ◆文民統制を維持し、平和主義を継承するなら「自衛隊」でどのような不都合があるのか。国防力・外交力の強化のためなら、まずは自衛隊の機能に着目すべきです。分かりやすくするという理由だけで、わざわざ封印した「軍」の名称を復活させるべきか、もっと慎重に考えるべきです。現在の説明が全てならば、自民党の選挙公約は余りにもイージーだと言わざるを得ません。



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    2012.11.27 Tue  - 政治 -   コメント 0件

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