◆来年度予算の概算要求が史上初めて100兆円を突破したというニュースが流れました。そもそも今年の予算の執行が抑制される中で、どうも平和なニュースに見えてしまうのは皮肉ですが、膨張を続ける予算と増加傾向の見えない歳入(いずれ増税がありますが、景気後退により自然増が見込めない現状)を対比すると、この財政規律の崩壊には問題意識を持たざるを得ません。

    ◆もちろん、来年度予算の膨張は社会保障費の自然増など、やむを得ない事情があることは報道の通りです。小手先の行政改革で解決できるというものでもないでしょう。しかし、財政赤字が大きすぎて、何をやるにも呆然とするしかない。もう増税だな、と結論を急ぐことが妥当でもありません。削減できる予算は確実に削減する、その努力は常に求められると考えます。

    ◆さて、その意味で行政評価の重要性は非常に高いと考えます。もとは小さな政府を志向する趣旨から、肥大化し、効果・効率性の疑わしい行政をあぶり出すことで、財政支出の削減に取り組もうというものですが、政府の大小は定義付けが難しいため、本稿ではあくまでも効果・効率性に的をしぼって検討したいと考えます。

    ◆結論から申し上げると、行政評価はその重要性にもかかわらず、また、実際に行われているにもかかわらず、その効果が期待通りであるかは疑問です。

    ◆企業経営においても、経営計画の策定とその効果分析は非常に重要です。しかし、収益に直結する事業(営業部門)や資産運用については、実際の成果が定量的に分析可能で、評価が行いやすいのですが、人事や予算配分といった総務分野の効果分析は非常に難しい。企業内の人事配置や予算配分結果が収益にどの程度貢献したかは定量的に分析しにくい分野です。

    ◆もちろん予算配分の内、設備投資などはまだ効果が分かりやすいかもしれませんが、それも工作機械ならばともかく、オフィスのパソコンを入れ替えた場合はどうでしょう?オフィスの事務効率をどの程度押し上げかを分析することは非常に難しい。パソコンが苦手とされる中高齢社員にとっては、不慣れな新型パソコンの存在で逆に非効率を招いているかもしれません。

    ◆行政評価においても同じ問題があります。政策の効果は収益という絶対的な数値データでは評価できません。政策目標の達成度合い、市民の支持などを数値化することは可能ですが、なんらかの目標に基づいて政策を実施し、そこに受益者も存在する以上、どの政策も一定の効果は常にあるでしょう(何の効果も見込めない政策なら、初めから実施されない)。

    ◆問題は、限りある予算・人的資源の中で、どの政策を優先するかということであり、そのためには効果があっても、個々の政策を比較し、優先順位をつけ、効果を認めながらも政策の廃止を定める必要があります。成果の数値化もさることながら、行政が担うべき分野かどうか、という視点が必要です。その評価によって、初めて行政のスクラップ&ビルトが可能になると考えます。

    ◆効果測定を数値データに単純化してしまうことも問題です。公立図書館の効果を測定する上で蔵書数が一つの指標になっていますが、一方、低予算で図書館を運営するという政策目標が加味されると、新書・文庫の購入に傾きやすいという問題があります。市民が購入できない高額の学術書籍や論文集などは嫌煙されがちです。これは図書館の質的向上という面では問題があります。

    ◆また、政策の実施に際して投入された人員・時間・予算の妥当性を測定することも必要です。全ての資源には限りがありますから、有益な政策と評価できても、そのために膨大な資源を使用してよい訳ではありません。しかし、資源活用の効率性を定量的に分析することは至難の業です。特に、政策の企画・立案等の分野では主たる業務は「調整」ですので効率性の定義が難しい。

    ◆有効な手段としては、組織の効率的配置がなされているかという視点が考えられます。政策の企画・立案には議会・関係する他の省庁や部署・利害団体などとの調整が必要になります。この調整は関係する主体が複雑である程、時間・労力を要します。ということは組織が適切に配置され、機能的であれば、政策効果を最大化し、一方でコストを低減できると考えられます。

    ◆その意味で、行政組織の機能性を常に評価することが重要です。橋下政権期の行政改革では厚生省と労働省が合併されましたが、これは組織間の対立というコストは低減できても、逆に加熱する労働問題への対応力は合併で減殺されたという疑義も考えられます。逆に、産業育成等は経産省所管ですが、郵政・通信等の産業は総務省所管です。この点非効率ではないのでしょうか?

    ◆また、組織構造のシンプル化はコストを低減できますが、一方で原子力政策の効率的推進のために、本来原発の安全性をチェックすべき原子力安全・保安院が経産省傘下に置かれていたことは政策の推進力を強化した一方、チェック機能を弱大化させました。組織分離によるコストは、コスト以上のメリット(原発の安全性)が確保できるならば有効ともいえます。

    ◆行政評価は、行政評価制度の乏しい時代と比較すると、確かに存在意義はあります。しかし、政策の効果の定義によっては、図書館の問題のように、政策の有効性に疑義の目が向きますし、政策の効率性を考えなければ、結果としては効果があっても、政策決定過程のムダ削減に踏み込めません。政策に優先順位や廃止基準を設けなければ、政策数は増加する一方でしょう。

    ◆このような問題を行政組織の内部評価で対処することは不可能だと考えます。会計検査院のような公的監査組織の機能をより拡充することが必要でしょう。しかし、監査組織の強化は途中までは効果がコストを上回るかもしれませんが、いずれ、効果以上にコストのかかる巨大組織へ肥大化するかもしれません。その意味で、市民団体などの協力が不可欠です。

    ◆特に重要なことは、政治すなわち立法府による行政の監視です。議員だけではこの監視は難しいので、会計検査院の監査結果、政策評価結果、審議会等を設けた上での行政組織の不断のチェック、市民団体のチェックなどを駆使し、予算編成過程において行政組織のムダに切り込むべきです。また決算結果を分析し、次年度の予算編成におけるムダ削減に活かすべきでしょう。

    ◆現状のように、長期にわたる通常国会での審議を経ながら、ほとんどの予算が内閣提出時の原案通りに可決する状況はむしろ異常と考えるべきかもしれません。まして、特例公債法案の可決を阻止して、その予算を執行させないという現状は言語道断です(野党の横暴というよりも予算は通過させられるのに、関連法は通過しない国会システムに問題があると考えますが)。

    ◆行政評価は非常に重要です。しかし、その制度が形骸化し、行政評価のもたらす効果より、行政評価を行うことによるコストが上回っているならば問題です。行政評価の意義をより高めるためにも、本来の目的である行政の効果・効率の最大化、適正化を検討できる行政評価制度の高度化が重要と考えます。




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    2012.09.11 Tue  - 政策 -   コメント 0件

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