◆日韓関係が悪化する中で、慰安婦問題が再燃しています。橋下大阪市長の「慰安婦動員に際し、日本政府の強制性を示す証拠はない」という発言が引き金です。筆者は、そんなに一生懸命議論しなければならないだろうか?という疑問を覚えていますが、問題視する人がいるという事実は覆らないため、改めてこの問題に触れてみたいと考えます。

    ◆何年も昔の話ですが、生活保護を申請した母子家庭の女性(母親)が、申請内容を査定する自治体職員から水商売の仕事に就くよう勧められた、という問題がありました。この問題が最終的にどのような解決を見たのか、手元に結果を示す記録・資料がないのですが、生活保護が批判的に見られている現代でも、なかなか注目に値する問題です。

    ◆「善い」「悪い」という道徳的な観念・価値観は個々人によって異なります。自由について議論する場合、何を「善い」「悪い」と考えるかは個々人の自由ですから、法に反しない限り、その人が「善い」と思う活動を政府が妨げることはできません。政府が保障すべきは、個々人の自由や権利であり、道徳の維持や形成は政府の仕事ではない(特定の思想の強要に当たる)といえます。

    ◆さて、お決まりの議論ではありますが、自由には責任を伴いますので、どのような生き方をしようとも個々人の自由である一方、その結果、豊かな人生を送ろうとも、貧しい人生を送ろうとも、自由な生き方の代償は個人に帰せられると考えることができます。この考え方を突き詰めると、政府の役割は極小化し、個々人の自己責任が厳しく問われる社会になると考えられます。

    ◆冒頭の事例に戻って、生活保護を申請した女性に対し、自治体職員はどのような対応を行うことが望ましいのでしょうか。生活保護の財源は税金です。自治体職員は本当に生活保護を必要とする人を選別しなければなりません。当然、働ける人には労働を求め、生活保護に頼る生活からの脱却を求める必要があります。問題はその労働に水商売を含めてよいのかということです。

    ◆生活保護を求める人にも、仕事を選ぶ自由や権利はあるでしょう。しかし、その自由や権利を無制限に認めると、気に入る仕事がない、という理由で生活保護の受給が長期化するかもしれません。では、仕事を選ぶ自由や権利を制限すると、賃金を得られる仕事ならなんでもよいのか?(水商売でもよいのか?)という議論が必要になります。

    ※子供を養育しなければならないため、深夜勤務が求められる水商売は困る、という考え方も成立しますが、ここでは「政府は水商売を勧められるか?」という問題に集中したいので、あえて、その考え方はとらないこととします。

    ◆個々人の自由と自己責任を重視する新自由主義や、格差是正を求めるリベラルも、いずれも個々人の自由を求めるという点では共通しています。両思想には「格差をどの程度容認できるか」という違いがありますが、その格差も道徳的な観点から「善い」「悪い」と考えている訳ではなく、どの程度の格差が「平等」なのか、という議論や科学的な検証を繰り返しています。

    ◆一方で、水商売という仕事の妥当性は道徳的な善悪という議論に傾きがちです。職業に貴賎はありませんし、水商売という職業が成り立っている理由は、労働市場において需要と供給がマッチしているからです。賃金の高さ故に、自ら進んで水商売という仕事を選択している女性もいるでしょう。しかし、賃金の高低以前に、この仕事を嫌悪する女性も多数存在します。

    ◆この問題は、政府は道徳的な価値判断から中立でいられるかという問題につながります。自由と道徳的価値観は時として競合します。国家は自由をどこまで保障し、道徳的な価値観にどこまで配慮する必要があるのでしょうか。

    ◆水商売の仕事にある人を差別することはできませんが、「職業に貴賎はない」「政府は道徳的な善悪から中立」という視点で、政府が水商売への就職を指導することを、社会通念上問題に感じる人も存在するでしょう。私の価値観としては、娘に「水商売は普通の仕事だ」と教育できません。「生活保護を受けるくらいなら水商売に身を落としても構わない」ともいえません。

    ◆女性が水商売を嫌う背景には、偏見と言えば偏見ですが、道徳的な面での水商売への社会的評価の低さが明確に存在します。自由な社会ですから経営・就職が許されますが、道徳的には「?」という仕事です。道徳的に問題があると考える人に、政府がその道徳観を無視して、就職を勧めるべきではないと筆者は考えます。すなわち道徳的な配慮の上での行政指導が必要と考えます。

    ※水商売に走らなくても生活していけるように教育することが親の責任とも言えますし、「水商売に走らなくても」という考え方自体が道徳的な問題の存在の証拠とも言えます。「身を落としても」という表現が使えることも、水商売の社会的評価が低い証拠とも言えますし、逆に、職業に貴賎がないという近代的な価値観に立てば、この表現は差別用語にもなります。

    ◆仮に、政府が道徳的な価値観から中立であるとして水商売への就職指導を問題なしとすれば、その賃金水準から考えて、生活保護受給を希望する女性に対する水商売への就職指導が頻発する恐れがあります。また、容姿などから水商売への就職可能性を自治体職員が判断し始めると、美人か否かで政府の対応が分かれるという大変な差別が発生するかもしれません。

    ◆あるいは、水商売への就職指導はセクハラでしょうか?しかし、セクハラの定義にも道徳的な価値観が入り込んでいます。アメリカの映画・ドラマなどで男女が性行為を自由に話し合うシーンがありますが、それを常識と位置付けて日本で同様の会話を行うと、早くもセクハラの可能性が発生します。セクハラ以前に道徳的な問題があるから、政府は就職指導ができないのです。

    ◆加えて、実際にセクハラかも微妙です。水商売自体は政府が営業許可を出していますから、規制対象であっても合法的な仕事なのです。リベラリズムを突き詰めると、政府は水商売を営むという経済的自由を保障し、その職業に就く人の名誉や尊厳を守ることが要請されます。本来は「セクハラだ!」という価値観から、水商売の仕事を営む女性の自由や権利を守る必要もあるのです。

    ◆生活保護受給者への就職指導は非常に難しい問題ですし、慰安婦問題からは話がそれているように感じられるかもしれません。慰安婦問題と上記の事例が完全にリンクする訳ではありませんし、慰安婦問題はもっと様々な点から検討することができますが、少なくとも道徳的価値観という問題にしぼった場合、慰安婦問題を肯定することは非常に難しいと考えます。

    ◆橋下市長が問題にした内容は、慰安婦の動員を国家が強制したかどうかということです。「強制性の証拠はない=強制していない」のか、「強制性の証拠はない=証拠がない(あるいは破棄された)だけで、実は強制があった」のかは歴史学者の研究に委ねるべきだと思いますが、仮に強制していないとして、では慰安婦問題をどう捉えるべきなのでしょうか。

    ◆河野談話の見直し議論もありますが、見直し自体はタブーではなくとも、仮に見直すとして、慰安婦問題について日本政府はどのような判断を下すべきなのでしょう。慰安婦は強制ではなく自由な契約によってその仕事に就いていたのだから問題はない、と主張すれば、日本の道徳的価値観が一気に問われるでしょう。戦略的に考えても、国際的支持を得られないことは明白です。

    ◆戦地の慰安所の行為は管理売春であり、水商売のように道徳的に「?」という仕事であるだけではなく、現代では違法行為ですらあります。強制性が仮にないとしても、国家が女性の売春行為を黙認し、あるいは管理していた。これを経済的自由の保護という論理で肯定することは非常に難しい。道徳的な問題を扱いにくいリベラリズムの限界が露呈していると考えます。

    ◆また、歴史の清算は、過去に合法・常識だったこと自体を問題視するという認識で行う必要があります。過去の法や常識に照らせば、植民地支配や戦争も合法・常識でしたし、アメリカの奴隷制度や黒人差別も合法・常識でした。慰安婦という存在が戦前では合法で、仮に道徳的に問題がなかったとしても、従って、現代に至るまで「問題なし」とは主張できないと考えます。

    ◆日韓関係は過去最悪ともいえる状況です。不満があるならこの際に全て出し切り、河野談話を破棄したいならば、それも今がチャンスかもしれません。しかし、臭いものにふたをせず、問題を全て掘り返して本質的な議論を行うならば、道徳的な是非という深い問題に直面し、その解答が求められることも念頭に置くべきだと筆者は考えます。

    ※ちなみにこの問題を考える上で、なかなか興味深いことに、AKB48のシングル「Give me five」のミュージックビデオで大島優子さんが風俗嬢の役を演じ「金を稼ぐのに綺麗も汚いもない」という台詞を発しています。リベラリズムの概念では台詞の通りですが、「汚い」という価値観が存在することも事実ですし、合法的な仕事でも道徳的には肯定が難しい問題です。

    ※また、ドラマ「ストロベリーナイト」では、援助交際を行っていた女子高生が、主演で刑事の役だった竹内結子さんに「ソープだって売春しているから同じだろう」と主張するのに対し、竹内さんは「ソープは営業許可を受けている」という反論の台詞を口にします。このドラマもリベラリズムの視点で描かれ、道徳的な議論が欠けていることが分かります。



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    2012.09.03 Mon  - 保守・リベラル -   コメント 0件

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