◆前回の更新から一カ月以上が経過しました。またまた更新を怠っており、誠に申し訳ありません。

    ◆民主党政権もいよいよ末期状態が近付く中、外交問題は騒然とし、大騒ぎだった社会保障と税の一体改革は、懸案の社会保障はどうなるのかも不明のまま、消費税増税法案の可決をもって、その後はオリンピックムードの中に消えつつある気配を感じています。保守政権の足音が近付く中で、理想の政治は何で、次の政権にどのような問題があるのかを考える必要があります。

    ◆最大の問題は公平・公正の概念にあります。

    ◆自民党は社会保障制度改革において、自助・自立を理念としています。また、保守の観点から、社会の基本的単位を「家族」とも位置づけています。しかし、家族観が多様化している今日において、社会保障制度の将来像を多様な家族形態に適合させられるのでしょうか。それとも、伝統的な家族観を提示し、その形態を望まない家族には社会保障サービスを提供しないのでしょうか。

    ◆筆者が具体的に憂慮している点は、現行の男性優位社会が完全に限界に達しているということです。日本の社会保障制度は男性が社会で働き、女性は家事や子育て、介護を担うことを前提に組み立てられています。これは高齢者や女性就労者が比較的少なかった時代には機能していたかもしれません。政府の社会保障負担も社会保障のための国民負担も小額で良かったでしょう。

    ◆しかし、高齢者が増加し、一方で核家族がほぼ当然の社会となった今日では、高齢者の介護を家族が受け入れることは不可能ですし、介護保険制度による介護サービスは国民生活を守る生命線になっています。共働きが定着し、共働きによる収入に依存する家族にとっては、女性の労働環境整備が不可欠です。出産・育児休暇制度、保育園の整備なども当然にして必要になります。

    ◆日本は本当に自由で平等な社会でしょうか。憲法は確かに国民に等しく職業選択の自由を保障していますが、現実の世界では、自由に職業を選択できない女性が多く存在します。旧態依然とした女性像に基づいているために、女性が望む職業を企業が受け入れないケースが多く存在するからです。すなわち出産等による一時離職や介護負担など、女性の雇用にコストが発生するためです。

    ◆新規雇用は実質的に投資ですから、企業は投資に見合うリターンを求めます。同じ能力の男性と女性が存在する場合、一時離職などに対応できる人事制度を整える必要のない男性への需要が高まることは、市場原理に即せば当然のことです。もちろん、企業も社会的な風評を注意しますから必要最小限の対応はしますが、あくまでも評判を落とさないための最小限の対応に留めます。

    ◆平等という観点からも大きな問題があります。女性の労働環境整備というコストを負担できる企業は、それなりの利益を計上している大企業か政府・自治体など公共機関に集中しています。これらの職業にある女性は出産・育児休暇などの社会保障サービスを受けることができますが、それ以外の女性には、そのサービスが十分に保障されていません。

    ※その大企業でも、従業員における女性の比率が男性と同等という訳ではなく、本当に女性従業員数が男性と同数なら、大企業も女性雇用というコスト負担には耐えられないかもしれません。

    ◆このような企業任せの社会保障制度、企業規模の大小で給付サービスが変動する社会保障制度では、国民は様々な階層に分断され、家族観は大きく変わっていきます。結婚せず、従って家族を構成しないという選択肢や、結婚しても出産を放棄するケースも考えられます。逆に、社会保障サービスの貧弱さ故に、育児放棄・介護放棄など家族崩壊を招くケースもあるでしょう。

    ◆原則として企業は市場原理によって活動します。企業に正義感を求めても、社会的正義と企業の死活に関わる利益の問題が天秤に掛けられた場合、企業は必然的に後者を重視します。企業主体の社会保障制度では、実際には自由が大きく制限されています。自由は実際に人が自由に生きていることを実感できてこその自由であって、憲法に書いてあればよいという訳でありません。

    ◆財政の効率化や市場の機能発揮のために、政府の介入の規模を縮小する「新自由主義」が、現代政治の主流となっています。しかし、市場に明確な失敗が認められる中で、自由な社会、平等な社会を築くための政府の役割が重要です。しかも、相手は今やグローバル市場ですから、一国単位で問題は解決しません。過剰な企業規制は企業を海外に逃がすことになるからです。

    ◆かつては、企業も個人も(家族も)国家が統制できましたが、今や企業は国家よりも大きな力を備えつつあります。企業は国内生産維持を理由に、法人税減税や社会保障負担の削減を求めることができます。政府の介入を減らすことが市場の機能発揮につながるのではなく、政府が市場に介入する力を喪失しつつあることが21世紀の新自由主義の背景ではないでしょうか。

    ◆ロンドン五輪のアメリカ代表のユニフォームが中国製であることに、アメリカ議会の議員が厳しい批判を加えましたが、これは、多国籍企業に対する国家の反撃ともいえます。ヨーロッパの信用不安に端を発する国際的な金融規制強化も、企業権力に対する国家連合の反撃と見ることができます。企業規制は21世紀の世界では極めて重要な問題です。

    ◆自民党が政権を再獲得した後、政治はどのような方向に進むのでしょうか。特に企業に「雇用」を人質に取られた状態での政治の舵取りは大変な困難を伴います。

    ◆道徳的な観点で「家族の絆」などの価値観を掲げることに反対はしませんが、現在のように健康な高齢者の多い高齢社会ではなく、介護・看護を必要とする高齢者がさらに増加するような社会、女性がより多く働く社会へ移行していく中で、従来家事と考えられてきた出産・育児・介護などを、今後も「家族」に求め続けることは必ずしも適切ではありません。

    ◆育児放棄や介護放棄など家族崩壊を防ぎ、家族の絆を守るために、あえて家族の中に公的な社会保障制度が介入する必要も考えられます。道徳的な家族の絆を守ることと、現実の家族を守ることは別の問題です。価値観の提示だけでは解決できない問題だと筆者は考えます。公私の区別は現代社会では流動化していると考えます。

    ◆当然ながら社会保障制度の拡充には負担が必要です。誰がどの程度負担することが公平かという問題になります。この「誰」には結局企業も含める必要があります。「どの程度」という感覚の議論になると、誰が豊かで誰が貧しいか、企業ならば利益が出た時に課税するだけでよいのか、存在する限り何らかの課税を行うのか、などの議論が考えられます。

    ◆世界的な法人税引き下げ競争が、全ての国家の力を相対的に低下させ、市場原理が人々を分断し、国家内部では格差問題など階層間の対立を招く。あるいは、国家間の対立(日本の経済力の低下を隣国から国力が低下したと指摘されたり・・・)、テロリズムの温床となる可能性があります。グローバル化によるマイナス要素にどう対処するか、政治に求められる役割は非常に重い。

    ◆様々な政治家が「保守」を掲げていますが、何を守り、守るために何をするのか、が非常に重要です。「乏しきを憂えず、等しからざるを憂う」孟子の言葉です。悪平等を良しとはしませんが、無制限の格差が良い訳でもありません。近い内の選挙があるならば、何を持って公正・公平な政治とするのか、保守の観点から明確な政策目標が掲げられても良いのではないでしょうか。


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    2012.08.21 Tue  - 政治 -   コメント 0件

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