◆日本経済がデフレから脱却できない理由は、日銀の金融緩和が不十分というご意見を頂戴しています。当方は、デフレ脱却のために実施する金融緩和策には限界がある、と考えておりますが、その見方に対しても疑義のコメントを頂戴しています。デフレを単純に物価下落とするならば、デフレ脱却とは物価が上昇する社会への変革ということです。

    ◆問題はどうすれば物価が上昇するのか、ということです。

    ◆中央銀行の重要な使命に「物価の安定」があります。中央銀行に物価を安定させる能力があるならば、逆に物価を上げ下げできる、いわば物価をコントロールする能力があるのでしょうか。もし、その能力が備わっているならば、中央銀行の採用する金融政策によって、デフレ脱却は可能ということになるでしょう。

    ◆結論からいえば、中央銀行には物価を完全にコントロールする能力はないと考えます。先般の当方の記事では、「金融政策の効果は限定的」と記載しましたが、逃げ口上ではなく、本当に限定的です。完全なコントロールなど不可能です。金融緩和政策は、実際に消費が拡大する、投資が拡大するといった現実の経済現象の変化を起こして、初めて効果が発揮されたといえます。

    ◆物価は需要と供給のバランスの上に決まります。モノが売れるなら定価で売るでしょうし、モノが売れないならセールで売る、ポイントをつける、といった何らかの値引きを行うでしょう。投資をする、住宅を買う、車を買うという行動が盛んになれば、金融機関は高利率でお金を貸そうとするでしょうし、逆ならば、利率を下げてでも借りてもらおうとするでしょう。

    ◆中央銀行が金融政策を一切行わず、経済の状態に応じて自動的に通貨を発券するならば、モノがどんどん売れ、物価が上がっていく限り、通貨の量(マネーサプライ)は勝手に増えていきます。それに応じて中央銀行が供給する通貨(マネタリーベース)も増えていくでしょう。デフレならば、その逆です。モノが売れず、物価も下がるので、必要な通貨の量は減っていきます。

    ◆中央銀行の金融政策はこの経済の状態に変化を与えようとするものです。物価がハイペースで上昇し続けると、国民生活に与える影響は大きくなりますから、「物価の安定」を使命とする中央銀行は政策金利を上げるなどの手段を講じ「お金を借りにくく」します。これによって投資を冷やし、また消費を抑制します。デフレに対しては、その逆の対策を講じることになります。

    ◆中央銀行は金融緩和政策を通じて、デフレ退治に挑んでいます。では、実際に金融は緩和されたのでしょうか?そこで、金融の現場に目を向ける必要があります。


    【金融の現場では】

    ◆金融機関は金融庁による検査を受けます。金融庁はこの検査を通じ、金融機関の経営の安定性を事前に検証し、破綻の芽を摘もうとします。この金融庁の検査に関する方針は「検査マニュアル」として金融庁のホームページで公開されています。また、この検査で金融機関にどのような指摘がなされたかは「金融検査指摘事例集」として公開されています。

    ◆「検査マニュアル」では、融資審査やリスク管理などが重要視されています。例えば、金融庁は、金融機関の社内体制において、融資部門と融資審査部門が明確に分離されているかを見ます。融資部門を担当する取締役や執行役員が融資審査部門も担当していれば、融資を優先して、融資審査を疎かにする可能性がありますから、金融庁は金融機関の役員配置にまで目を光らせます。

    ◆融資審査部門が効果のある融資審査を行っているかも厳密に検査します。金融機関は様々な企業を独自に格付けし、融資審査の基準としていますが、その格付けが本当に的確か、格付けが甘すぎないかという点に目を向けます。さらに、個別の融資案件を検証し、損を出した融資があった場合、事前の融資審査が十分だったか、担当者から、時には担当の取締役まで事情聴取します。

    ◆金融庁が発する業務停止命令や業務改善命令は、金融機関が金融庁の事情聴取に満足に回答できない場合に行われる行政指導です。2000年初頭から、日本の金融行政は不良債権の洗い出しに全力を挙げ、不良債権問題が解消された後も、次の不良債権を生まないように厳格な検査が続きました。

    ◆このような金融の現場では、融資を行うために厳格な融資審査を突破する必要があります。本来は、いくつかの融資が失敗しても、他でその損失をカバーする利益が上がればよいのですが、融資審査部門はそのような全体的なリスク管理よりも、金融庁に説明できるように、個別の審査に集中することになります。その結果、わずかでも危ない要素があれば、融資を許可しません。

    ◆かくして、金融機関の投資は、その多くが無難な方向に傾きます。昨年秋の中間決算では、日本の金融機関の多くが南欧諸国の国債を保持すらしていないことを公表しました。それは結果的に、日本の金融機関の経営の安定性を象徴する事例となりましたが、裏を返せば、高利回りを求めるアグレッシブな投資をしていない証拠でもあります。

    ※日本の金融機関が南欧諸国の国債を多額に購入していれば、日本はEUにもっと協力する必要があったでしょう。しかし、日本の金融機関の存在感の希薄さゆえに、ドイツのメルケル首相などは中国に応援を要請しても、日本には特に応援を要請しません(EUの財政を支援している余裕が日本にあるとも思えないので、特に問題はないと考えますが)。

    ◆日銀はデフレ脱却のためにできうる限りの金融緩和策を実施したと考えますが、一方で金融庁の金融監督行政は日銀の金融政策に比べると、投資を促進する内容になっていません。もちろん、結果への評価は長短あり、厳しい金融監督行政が現在の日本の金融機関の経営の安定につながっている側面がありますし、逆に投資を促進しなかったという側面もあるでしょう。

    ◆投資や消費が促進されない理由は、金融庁や日銀の責任ではなく、金融機関の消極的な投資方針によるともいえます。先程申し上げたように、融資審査部門の絶大な権力が、徹底した安全投資路線を敷いているだけかもしれません。貸し渋りなどは、まさにその結果ともいえます。

    ◆いずれにしても、投資や消費が拡大するためには、当然ですが「投資や消費を行う」という判断が不可欠です。投資や消費を控える、という判断が往々にして見られる経済情勢では、必然的に物価は下がり、通貨を使用した取引件数は細り、その結果、通貨の量は増えません。これは逆にいえば通貨の価値が上がり、通貨を保持しようとする需要が高まっているともいえるでしょう。


    【なぜデフレなのか、なぜデフレを脱却できないのか】

    ◆あらためて、物価の問題に戻りたいと考えます。物価は需要と供給の一致する時に決まります。中央銀行は経済状態に応じて、必要とされる通貨を供給します。しかし、中央銀行が何も考えずに、自然な経済状態に任せて通貨を供給していれば、物価は乱高下する可能性があります。「物価の安定」を使命とする中央銀行は、金融政策によって「物価の安定」を試みることになります。

    ◆この「物価の安定」はいかにして行うものでしょうか。頂いたコメントでは、通貨の量を調整することで物価を安定させる、というご指摘を受けました。それによって「通貨価値を安定させること」が「物価の安定」であるというご意見と解釈していますが、筆者はこれまでも記載している通り、その考え方には賛同していません。

    ◆まず、通貨は誰が供給するのでしょうか。通貨を日本銀行券だけに限定すれば、通貨は日銀にしか供給できません。しかし、実際の経済活動では、銀行は融資によって預金通貨を創造します。融資先に口座を開設し、融資した金額をその口座の通帳に記載します。これによって通貨は日銀を介さずに創造されます。銀行の投資が盛んなら、その分創造される通貨は増えます。

    ◆中央銀行が政策金利を高水準にし、通貨の供給量を制限し、通貨価値を一定に保とうとしたとしましょう。しかし、金利をいくら引き上げても、先程記載した融資資産部門が「どんどん融資だ!」とゴーサインをかければ、金融機関は投資をやめないでしょう。そして、投資をやめない限り、銀行は信用創造によって通貨を創造し続けます。

    ◆逆に、政策金利をゼロに下げ、さらに量的緩和政策によって銀行に通貨を直接供給しても、融資審査部門が「とにかくノー」という姿勢であれば、投資は拡大せず、信用創造による通貨の創造もありません。マネタリーベースは増えても、マネーサプライは思うように増えないという事態が発生します。

    ◆通貨価値が下がる(物価が上がる、利子率が上がる)と予測すれば、人は資金を消費に回し、投資するでしょうか。コンクリートを買い、土地を買い、資材を買うでしょうか。そのためには金融機関では融資審査部門がゴーサインを出し、一般企業でもマーケティング部門や財務部門が収益予測を立て、それに基づいてゴーサインを出す必要があります。

    ◆通貨価値が下がるから投資し、消費するのではなく、そこには融資審査や将来の収益予測といった人間の判断が介在します。そして、その予測の際には、将来の需要が重視されます。バブル期には「購入した不動産はより高く売れる」という将来の需要予測によって不動産は売れ、不動産価格は上昇し続けました。その需要予測が金融引き締めで断ち切られた時、バブルは弾けます。

    ◆物価はあくまでも実体経済の需要と供給によって決まります。これを通貨価値の変動と分析することはできますが、それは今日では後付けの論理です。中央銀行は市場の投資行動を間接的に抑制する、または促進する意図をもって、金融政策を実行し、通貨価値はその結果、変動します。これもやはり今日では後付けの論理です。

    ◆中央銀行は「通貨価値の安定を図る」というメッセージを発します。しかし、それをどのようにして図るのかというメカニズムを知る必要があります。後付けの論理ですから、逆算すると、通貨価値の上昇(デフレ)を退治するには、物価を下げる必要があり、そのために投資や消費を促進しなければなりません。それに成功した時、初めて通貨供給量は増えます。

    ◆通貨供給量を増やす政策、通貨価値の上昇を防ぐ政策(デフレ退治策)とは、つまるところ投資や消費を促進させる政策でなければ成功しようがないのです。逆に通貨供給量を減らす政策、通貨価値の下落を防ぐ政策(インフレ退治)の手段は、投資や消費を抑制させる政策である必要があります。核心は投資や消費の動向をコントロールできるかにあるのです。

    ◆中央銀行が闇金融もびっくりするような政策金利を設定すれば、ほぼ間違いなく投資も消費も冷えるでしょう。しかし、投資・消費の最終的判断は市場に委ねられており、その判断は収益予測に基づきます。中央銀行の意図通りに金融政策が効果を発揮する保証はなく、従って、闇金融もびっくりの政策金利を課しても、「投資する」「消費する」と判断する可能性はゼロではない。

    ◆この意味で、金融政策の効果は絶対ではありません。政策金利を上げていく分には天井はありませんから、金利を上げ続ければ、いつかは、金融機関や企業、消費者の投資・消費意欲をゼロにできるでしょう。しかし、デフレ対策の場合、政策金利を下げても、金利をゼロ以下にはできませんから、ゼロ金利が投資・消費意欲を煽り、物価上昇に反転させる保証はないのです。

    ◆金融政策の有効性を絶対視するような主張においては、中央銀行は金利を下げれば、通貨の供給量を増やせるとします。それで通貨供給量が増えなければ、量的緩和で増やせるとする。それでも増えなければ、中央銀行の金融政策の長期見通しによって、将来の期待インフレ率が高まり、実質金利がゼロ以下となって、金融緩和の効果は出るはずだ、という主張へと展開します。

    ※実質金利=名目金利-期待インフレ率

    ◆金融緩和をとにかく続ければ、いつか、デフレ脱却につながる効果は出るかもしれません。特に、中央銀行が国債を引き受け、無制限の財政支出を許容すれば、確実に需要が作りだされる訳ですから、デフレ脱却には効果があるでしょう。しかし、この政策はもはや金融政策というよりも財政政策ですし、国家財政の健全性という問題もつきまとう別次元の議論です。

    ◆金融政策の効果は絶対ではありません。効果がゼロだと筆者は断言しませんが、デフレ対策では限定的だと考えます。将来はインフレになるからという理由で、収益予測が好転し、投資が進む可能性もないとはいえないでしょう。しかし、将来インフレになっても、収益が出ると予測できない、従って、投資が進まない可能性もあります。問題はインフレではなく収益性です。

    ◆さらに、期待インフレ率となると、これは投資家、消費者など市場に参加するすべてのプレイヤーの「予測」ですから、このような不確実なデータを中央銀行が完全にコントロールできると立証することは困難です。どこまで金融を緩和すればよいのか、日銀が「うちは限界」と主張しても、以上の理由から、筆者は余り驚きません。それは当然だ、と考えます。

    ※感情としては、もっと努力すべきという意見にも納得します。

    ◆金融緩和を行っても、デフレから脱却できないとすれば、それは、需要がない、あるいは将来の需要(老後や病気時の支出への備え)等から通貨保持への需要が拡大し、金融を緩和しても、投資、消費が進まない状態にあるということでしょう。すなわち、貨幣需要が無限大に拡大し、貨幣供給が需要に吸収されてしまう「流動性の罠」の状態に陥っていると考えるべきでしょう。


    ◆金融業は過去日本が得意としてきた製造業と全く異なる業種です。製造業では、究極的にはマニュアルがあれば製品を組み立てられます(もちろん製品によって、マニュアルの難度は天と地ほども差があるでしょう)。また、そのマニュアルを徹底的に効率化し、生産性を向上させることもできるでしょう。しかし、金融は長時間議論しても、絶対に利益が出る保証はありません。

    ◆金融はいわば「発明」のようなものです。製造業の分野でも、今や「発明」の成否が市場での勝敗を左右します。i-Phoneは中国で生産できますが、i-Phoneを発明したのはアメリカです。マイクロソフトに負ける寸前だったアップル社に投資したことも、そのビジネスモデルが市場で勝利することを予見した「発明」といえるでしょう。

    ◆発明、マーケティングといった見えない需要を見つけ出し、市場を拡大していくことが求められていますが、実際には非常に難しい。円安になれば、既存産業が輸出で稼ぐかもしれませんが、日銀は円の対外レートも完全にコントロールできないでしょう(できるならば、超円高を今すぐに是正できるはずですし、古くは固定相場制を維持することもできたでしょう)。

    ◆中央銀行は今後も苦闘を続け、時に成功し、時に失敗することを繰り返すでしょう。それが中央銀行の自然な姿だと考えます。日銀に限らず、イングランド銀行やFRB、ECBも苦闘しています。筆者は、中央銀行にデフレ脱却の大任を委ね、その責任を徒に問い続けるよりも、貨幣需要を高めている将来不安の払拭や所得の低迷への対策(分配の是正)の方が重要だと考えます。


    ※頂いたコメントでは一般均衡論について説明せよというご指摘がありました。他の方から、ご厚意でご助言も頂戴しましたが、付焼刃的に勉強してお答えすることは誠実ではありませんし、筆者の問題意識(将来不安の払拭や分配の是正)にどのように関係があるのかも不明ですので、ご教示いただけると幸いです。ご助言頂きました方には心からお礼申し上げます。



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    2012.02.10 Fri  - 経済 -   コメント 0件

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