※「その2」より続き

    ◆野口氏は貨幣需要を満たす貨幣供給を金融政策で実行することは難しいという見方を持っています。経済が「流動性の罠」の状態のもとでは、貨幣需要は無限に大きくなり、貨幣供給は膨大な貨幣需要の前に飲み込まれてしまうためです。著書内では、金融政策は糸と同じで引くことはできても(金融引き締めはできても)、押すことはできない、という考え方です。

    ◆では、野口氏はどのような政策がデフレ脱却に必要と考えているのでしょうか。その処方箋を見る上で、野口氏のデフレに対する見方を簡潔にご紹介します。

    ◆まず、野口氏の主張するデフレの原因は新興国の台頭による一部製品の物価下落に端を発します。ただし、一部製品の物価が下落しただけではデフレになりません。消費者は物価下落によって支出を縮減できるため、余ったお金を別の消費に向けることができます。その場合、別の製品への需要が高まり、それらの物価は上昇するはずです。

    ◆しかし、日本では一部製品の物価下落が他の製品の物価上昇をもたらさなかった。野口氏はこの原因を「流動性の罠」という現象に求めています。

    ◆マクロ経済学(個別製品・産業ではなく、一国全体の経済の動向を扱う経済学)では、総需要・総供給と物価の関係は以下の左のグラフのように表されます。しかし、流動性の罠に陥った状態では右のグラフのようになります(赤線は総供給、青線は総需要です)。

    H24.2.1流動性の罠-1-

    ◆まず、左のグラフの赤線をご覧ください。物価が上がれば、生産者はより多く売ろうと考えますから、物価の上昇とともに総供給量も増えて行きます。次にグラフの青線です。消費者は物価が安い程、モノを買おうとしますから、物価が下落すればするほど、総需要量が増えます。生産者の思惑と消費者の思惑が一致する時、すなわち赤線と青線が交錯する時、物価は決まります。

    ◆では、右のグラフはどうなっているでしょう。総需要を示す青線が垂直になっています。「流動性の罠」とは、モノを買うよりも、とにかくお金を貯め込もうとするため、需要がほとんど一定になってしまう状態です。従って、この状態では、消費者は物価が上昇しようと下落しようと、モノを買う量は変わらないことになります。

    ◆ここで、物価下落が発生した場合を考えてみましょう。物価下落の内訳は野口氏の主張通り、工業製品の値下がりに端を発するものですが、ここでは一国の平均的な物価下落を見ることになります。この状態を表したグラフが以下のグラフです。

    H24.2.1流動性の罠-2-

    ◆物価下落は赤線から緑線への変化です。総供給量が同じ場合、緑線は赤線よりも物価が低い状態です。逆に言えば、同じ物価の場合は、総供給量が増えています。低価格でモノを売っている状態ということです。

    ◆左のグラフは通常の経済の状態です。物価が下がれば、幾分需要が増えますので、緑線と青線(総供給と総需要)が交錯する位置は、以前の交錯ポイントより右にずれます。しかし、右のグラフ、「流動性の罠」に陥っている状態では、物価が下がっても需要量は増えません。ただ、物価が下がるだけになります。

    ◆この状態で、金融緩和を行っても、需要がびくともしないのですから、お金ばかりが増え、しかし使われる量は変わらないということになります。日銀が量的緩和を行った際は、金融機関にお金が「ブタ積み(増えるだけで使われない)」されているという批判が起こりました。岩田氏は「ブタ積み」ではないとしていますが、野口氏は「ブタ積み」と考えているようです。

    ◆公平な見方をとれば、日銀の量的緩和政策は岩田氏が図示した通り、期待インフレ率を引き上げる効果があったと見るべきでしょう。効果がゼロであるとは言い難いと考えます。しかし、その効果に対する評価は割れます。岩田氏はもっと金融緩和を進めることで、より効果を高めることができたとし、野口氏は、効果は限定的だった、従って別の政策が必要と見ています。

    ◆興味深いことに、両氏とも著書の中で1930年代の世界恐慌直後の経済政策に触れています。

    ◆岩田氏は1930年代に日本が金本位体制から離脱し、日銀が国債を直接買い取る政策に移行したことに注目しています。これによって市場は日本の経済政策が金融緩和、インフレを志向する政策に移行したと判断し、期待インフレ率が上昇した結果、実際にインフレ基調に転向したと主張しています。

    ◆一方、野口氏は1930年代のイギリスを取り上げます。具体的には、ケインズの考え方を例示します。ケインズは当時のイギリスは「流動性の罠」に陥っており、金融政策は効力を発揮しない。従って、有効需要を創出する必要があるとしました。すなわち国が公共投資などを増やし、財政政策を実施すべきという主張です。

    ◆当時の日本は確かに金融緩和を行いました。金本位制の離脱とは金準備額以上の通貨を発行することですから、貨幣供給量を増やす政策です。一方で、日銀による国債引き受けとは、政府が財政支出を膨らませることを可能にする政策でもあります。すなわち、金融政策も財政政策も同時に行われたのです。

    ◆岩田氏は金本位制の離脱だけでは期待インフレ率の上昇はもたらされなかったとしています。日銀による国債引き受けが発表された後、期待インフレ率は上昇したと記載しています。日銀が国債を買えば、日銀が政府に貨幣が供給され、それが財政支出となって市場に出ることは確実であり、これによって、市場は貨幣供給の増加を確信し、インフレを期待した。

    ◆しかし、物事をもっと単純にみるならば、財政政策の実行が決定されたことで、将来の需要増が確実となり、物価は上昇し始めた、と見ることも可能と考えます。

    ◆野口氏は財政政策こそが重要という見方を持っていますが、公共投資やエコカー減税、エコポイント制度等、一部の産業だけを保護するような政策には無理があるとみています。これらの産業の需要を高めるには一連の政策を永続しなければなりません。政策をストップすれば効果が切れることは、現実に自動車や家電への需要が失われた経緯を見ると明らかです。

    ◆そこで、より付加価値の高い財・サービスの生産が必要という結論になります。野口氏は脱工業化や教育の充実を処方箋として提示しています。日本は貿易赤字国に転じる一方で、海外投資で利益を上げる国に変化しています。しかし、金融業の利益率は米英などに比べて低い。金融業の発展は機械化では達成できませんから、人材の育成が不可欠という考え方につながります。

    ◆言うは易し、という印象は拭えませんが、長期的には野口氏の見方は的外れではないでしょう。製造業の比率はすでに下がっていますが、それでも一定の雇用を提供する産業です。しかし、その製造業の未来は低賃金労働者を豊富に抱える新興国のキャッチアップにより、必ずしも明るいとは言い難い状態です。すでに、雇用が維持できるかという問題に直面してもいます。

    ◆ただ、こうした産業構造の転換や金融業の利益率向上は、国が主導してできるものではありません。金融政策の効果が限定的だとしても、投資促進のためには金融緩和は不可欠でしょう。また、野口氏は、子ども手当などの政策は受給者が貯蓄するだけで、「流動性の罠」から脱却する効果が薄いとしています。しかし、社会保障への将来不安が需要低迷の一因でもあると考えます。

    ◆財政政策の方が効果あるという野口氏の主張に対しては、小渕政権期の積極財政の効果が限定的だったという反論も考えられます。1930年代の日本は積極財政で恐慌からの脱出を図れたかもしれませんが、財政状況の悪化している現状では絶対的に効力があるとは限りません。

    ◆岩田氏の主張に対しては、2000年代の量的緩和政策は必ずしもデフレ脱却の決め手にならなかったという反論が出ますし、野口氏の主張にも、では小渕政権期の財政政策は効果があったのか、という反論が考えられます。ただ、より有効な処方箋を考える上で、一方の主張を絶対視することは危険です。個々の主張の背景にある経済現象の捉え方を見直す必要があると考えます。

    ◆当方のブログに寄せられたコメントでは、実際の経済現象に対する野口氏の把握には問題がある、という内容のご意見を頂戴しました。そのご意見に納得させられる部分もあります。しかし、岩田氏の主張するメカニズムでのデフレ脱却については、マネタリーベースと期待インフレ率の関係や、実例として示された1930年代の恐慌脱出の仕組み等に納得がいかない個所もあります。

    ◆デフレとは何か、その定義自体が経済学者間でかみ合わないまま、それぞれの経済学者の主張ばかりが先行しています。しかし、その主張の根拠を突き詰めていくと、もっと本質的な問題にたどり着くのでは、と筆者は考えます。

    「デフレが本当に問題なのか?」に続く


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    2012.02.01 Wed  - 経済 -   コメント 0件

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