◆昨年の大阪維新の会の躍進など、地方自治制度をめぐって議論が盛んです。筆者も地方自治制度は抜本的に変えた方がよいと考えています。しかし、橋下市長の問題意識については、また別途記載するとして、もう一人の有名人、名古屋の河村市長に関する問題を本稿では取り上げたいと考えます。

    ◆河村市長は「恒久減税」を公約に、市長に当選しました。しかし、市長の政策は議会の支持を容易に得られず、妥協に妥協を重ねて、ようやく5%減税の導入が定まりました。2009年の河村市長当選からすでに3年弱が経過しています。議会ももちろん民意を代表する機関ですが、市長の最大公約の実現が、これ程困難を極めることは、民主主義の原理から見ても異常です。

    ◆強いリーダーシップを求めて、首相公選制を訴える主張がありますが、筆者はこの名古屋市の実例から、実際には機能しないと考えます。国政もねじれ国会の状態にあり、民主党のマニフェストの施策は参議院で否決されるため、実行が難しい状態です。その参議院議員の任期は衆議院より長く、しかも解散がないため、政治の混乱を解消することは容易ではありません。

    ◆これらの現象は議会の権限の強さに問題があります。行政の長と議会の関係を改めて整理する必要があります。

    ◆内閣総理大臣は衆議院議員の多数の支持を得て、選出されます。しかし、政権運営の要である法案の成立には、参議院の支持が不可欠です。予算は衆議院の可決が優先されますが、その予算を執行するには予算関連法案の成立が必要です。これには、参議院での可決か衆議院議員の3分の2の賛成が必要になりますが、現状では成立が難しい。

    ◆一般の法案も通過させられず、予算も執行できないとなれば、もはや行政は機能していないといえます。政権は最大公約を曲げてでも、野党の協力を得なければ、行政自体が不可能という事態に陥ります。昨年の臨時国会では、政府提出法案の成立率は34%で、過去20年では最低とのことです。

    ◆河村市長は3年かけて減税の実現にこぎつけました。それでも実現できた理由は、市長が市民の投票で選ばれるからです。河村市長に勝てる候補者は少ない。従って、市長は減税の実現まで居座ることができます。議会がその政策を止め続ければ、批判の矛先は議会に向きかねない。従って、議会もまたギリギリの所で妥協し、5%減税で手を打ちました。

    ◆しかし、国政では首相は国民が選ぶのではなく、衆議院議員が選びます。個々の衆議院議員なら、河村市長のように強い議員ばかりではありません。選挙で敗北する可能性があります。つまり、野党候補が勝ち、政権与党を負かすことができます。将来、衆議院選挙に勝てるかもしれないという目算が立てば、野党は現与党に妥協しないでしょう。

    ◆かくして、参議院で多数派を制すると絶対的な権力が野党に与えられます。民主党はその権力をいかんなく利用して、自公政権の瓦解を実現させました。そして、2010年の参院選敗退で、攻守交替し、新たに参議院の多数派となった自公連立野党に徹底的に揺さぶられています。

    ◆強いリーダーシップや改革を求めても、この議会制度では国政は機能しません。では、名古屋市のように行政の長を選挙で選べば行政が機能するかというと、河村市長が公約実現に3年もかかったように、行政府と立法府の調整は時間と労力が必要になります。スピーディーな政策決定などとても考えられないでしょう。

    ◆従って、筆者は議院内閣制の長所をより充実させることが重要と考えます。

    ◆議院内閣制では、議会の多数派から行政の長が選出されます。通常、首相は議会の多数党の党首です。行政府の長が立法府の最大多数党の党首ですから、仕組み上は行政と立法の権力が首相に集中します。実際には、立法府には党首以上に権力の強い派閥のボスがいますから、必ずしも首相が最高権力者とは限りませんが、それでも行政府と立法府の対立は限定的です。

    ◆自民党の長期政権は、参議院で過半数割れを起こすまで、この仕組みによって政治をスムーズに行うことができました。党勢が衰え、参議院で過半数を割っても、公明党と連立を組むことで権力を保持してきましたが、それもままならず、ついに民主党が参議院で過半数を勝ち取り、政権交代への道筋をつけました。

    ◆参議院が脚光を浴びるようになったのは、この参議院での多数党の交代という事態が発生してからです。従って、参議院を改革すべきです。具体的には、参議院議員の任期を衆議院と同じく4年に縮めるべきだと筆者は考えます。現在は3年ごとに参議院議員の半数が改選されますが、これを2年に縮める。

    ◆参議院で与党が少数となっても、2年後には選挙が来ますから、ねじれ国会の状態を早期に解消できる可能性があります。仮に解消できなくとも、参議院の少数与党が参議院選挙で一定の支持を得られたならば、その選挙結果を民意として、野党に譲歩を迫ることも可能になります。これによって議院内閣制でも、首相のリーダーシップを発揮しやすい環境が整えられます。

    ◆首相公選制とし、首相に一定期間の任期を定めれば、確かに首相の度重なる交代は避けられます。しかし、議院内閣制を放棄すると、首相には議会の解散権がありませんから、議会の多数党が交代し、首相が少数与党の党首となれば、たちまち政治は混乱します。その混乱は、首相の任期満了か、議会の次の選挙まで続くことになります。

    ◆地方自治では、長く公務員出身、与野党相乗り候補が首長に選出されていました。中央官庁や自治体にパイプがあり、議会の支持も得られる首長によって、地方自治は無難に行われていたといえます。しかし、地方分権が声高に叫ばれ、改革派の首長が当選すると、議会や自治体との権力闘争が熾烈になります。橋下市長も河村市長も、まさにその権力闘争の真っただ中にあります。

    ◆この権力闘争を「改革」と見れば非常に美しいものといえますが、一方で「行政の停滞」と見ることも可能です。実際に、橋下前大阪府知事は府知事としてどの程度の実績があるのでしょう。あまり目立った成果がないことは、前知事の責任ではなく、まさに制度の問題です。

    ◆アメリカのように行政府と立法府の柔軟な調整の文化が根付いていれば、それでも行政は機能するかもしれませんが、その伝統を醸成するには時間がかかります。河村市長の例を見れば、首相公選制の導入はバラ色の解決策ではなく、実際に機能させるには、導入後も、何年もの時間がかかるでしょう。それよりも、長い伝統のある議院内閣制を継続させる方が効率的です。

    ◆地方自治においても、筆者は議院内閣制を導入し、議会の多数派から知事や市長を選べばよいと考えます。それによって首長選挙と議会選挙を分けて実施する必要もなくなります。リコールや住民投票といった大騒ぎも不要になります。議会を解散すればよい訳ですし、多数派の党首である首長は自身の政策に反対する議員が身内にいれば、次の選挙で公認しなければよいのです。

    ◆首相公選制は、リーダーを選べるという点で、政治へのストレスを一時的に発散することができます。しかし、その選出に失敗した場合、首相の任期満了まで、長いストレスを抱えることにもなります。議院内閣制は十分に優れた政治制度であり、日本の民主主義制度にはよく適合していると筆者は考えます。国政・地方自治とも、この制度を充実させる方がよいと考えます。


    スポンサーサイト
    2012.01.10 Tue  - 政治 -   コメント 3件

    コメント

    No title
    私も議院内閣制をこそ維持・発展させるべきだという考えです。

    戦前の憲法学者である上杉慎吉はアメリカ合衆国憲法の研究者でもあったそうです。
    つまり、合衆国式の大統領制では、三権いずれも限定的にしか権限を持ち得ず、従って合衆国式の憲法によって三権を超越する「天皇」に一切の権力を集中させることが可能となるのではないか――という見通しだったそうです。

    という事は逆に、議院内閣制は
    1.国民の意志を《国会議員選挙》によって一元的に集約・表現せしめ、
    2.国会議員の多数派となった政党の党首を首相に据えることで、政権が正当性を得ることを容易ならしめるととともに、その権力も強力なものとなり得る
    ――そのような制度と考えられます。

    少し前の阿久根市の事例と言い、合衆国式の直接選挙制を導入した地方自治体の昨今の混乱ぶりを見て、《首相公選制》を導入すべしと何故言えるのか首を傾げたくならないのか? と不思議に思っております。
    むしろ、合衆国や日本の地方自治体のように《主権者たる国民・都道府県民・市町村民より選挙を通じて権限を付与された者が別々に二者いる》状況を生み出す首相公選制よりも、選挙を通じて一元的に権力を付与することが可能な議院内閣制の方がより妥当な制度である――と私も考えている次第です。

    長くなっておりますが、最後に参議院について……
    ブログ主様は参議院の任期を4年にすべきである、と主張されていますが、私は、いっそ内閣にとっての内閣法制局のような存在にすべきではないか、と考えております。
    参議院の「弊害」については昨今あちこちで云々されていますが、参議院が「議会」である限り、如何様な制度改革を施したところで禍根を断ち切ることは出来まい――と考えております。
    そこで、現在最高裁判所が有している違憲立法審査権を、参議院を全面改組した組織に委ねてはどうか――というのが私の考えです。
    国会の~委員会よろしく、各分野ごとに小部会を設け、それぞれ10数名程度の委員で国会(今の文脈では現在の衆議院に当たる議会)にて議決された(法案段階でも良いかも知れませんが)ものについて、違憲か否かを審議し判定する――という権限を付与するのです。

    ブログ主様、それに他の読者の方々のご意見を賜りますと幸いです。
    2012.01.11 Wed l 神学者ヨハネ. URL l 編集
    Re: No title

    ご意見ありがとうございます。
    返信させていただく前に、質問をさせていただければ幸いです。

    ご意見は、国会を一院制(衆議院のみ)とし、参議院は議決権ではなく、
    議会で可決した法案が憲法に違反しないかを審査する組織とする、
    と解釈しましたが、その解釈で間違いないでしょうか?

    この場合、憲法審査を行う審査員は選挙で選出されるのか、それとも、
    裁判官や弁護士といった一定の資格を持つ者から選出されるのでしょうか?

    また、資格を持つ人物から選出されるとして、それは全国民が参画する
    選挙か、裁判官の任命のように、行政府(法務省)が行うのでしょうか?

    この点、ご教示いただけると幸いです。
    よろしくお願いいたします。


    2012.01.11 Wed l Liberalist77. URL l 編集
    No title
    ご質問頂き有難うございます。

    > ご意見は、国会を一院制(衆議院のみ)とし、参議院は議決権ではなく、
    > 議会で可決した法案が憲法に違反しないかを審査する組織とする、
    > と解釈しましたが、その解釈で間違いないでしょうか?

    はい、間違いないです。
    付け加えると、憲法に違反しているか否かだけではなく、現行の関係諸法との齟齬を来していないかどうかも審査する権限を当該組織に付与するとする方が良いかも知れません。

    > この場合、憲法審査を行う審査員は選挙で選出されるのか、それとも、
    > 裁判官や弁護士といった一定の資格を持つ者から選出されるのでしょうか?

    後者です。

    > また、資格を持つ人物から選出されるとして、それは全国民が参画する
    > 選挙か、裁判官の任命のように、行政府(法務省)が行うのでしょうか?

    委員の任免権は行政府に与えても良いかも知れませんが、指名はあくまでこの組織が権限を有するものとしてはどうか、と考えております。
    また指名方法も、全国民が参画する選挙ではなく、例えば委員による選挙(ローマ教皇の選出方法みたいなやり方)、もしくはもう少し範囲を広げて、法学部の准教授以上或いはその中でも一定の資格を保持するに至った者たち(例えば法学部教授を5年以上勤めたもの、といった規定によって)による相互選挙とする――という方法もあろうかと考えます。
    2012.01.11 Wed l 神学者ヨハネ. URL l 編集

    コメントの投稿












    トラックバック

    トラックバック URL
    http://olddesk77.blog97.fc2.com/tb.php/430-eb634196
    この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)