◆TPP参加交渉への加入の是非を巡って、「国益」という言葉が盛んに使われています。イラク戦争への協力や領土問題など、特に外交分野での議論では、この言葉が使用されないケースはない、といっても過言ではないでしょう。しかし、そもそも「国益」とは何なのでしょうか。

    ◆小学校の算数の問題で出題されそうな商売の事例を考えてみたいと思います。

    ◆あるお店がリンゴを70円で10個仕入れ、100円で売るとします。すると、8個が売れて、残り2個は廃棄することになりました。さて、利益はいくらでしょうか?答えは100円×8個(売上)-70円×10個(仕入れ)=100円となります。

    ◆この問題を別の視点で解いてみましょう。70円で仕入れたリンゴを100円で売りますので、1個売れるたびに30円の利益が出ます。リンゴは8個売れましたので、30円×8個=240円の利益がでます。しかし、2個売れ残り、廃棄しますから70円×2個=140円の損失を出しました。従って、240円(利益)-140円(損失)=100円の利益ということになります。

    ◆この問題ではリンゴしか扱っていませんから話は単純ですが、TPPは農産物から工業製品、金融、医療等のサービスまで幅広く問題に取り上げます。この場合の「国益」とは何でしょう。先ほどの算数の式が物語るように、実は部分的に損失を出しても、それを上回る利益が出れば、国益を勝ち取った、といえてしまいます。

    ◆国益とは、ありとあらゆる分野で一切の損失なしに得られるものではなく、部分的な損を織り込んだ上で考えなければなりません。言葉が「国の益」である以上、単純に金額だけの問題でもないでしょう。「莫大な経済的損失が出ようとも日米同盟の深化はそれに勝る重要な利益」という価値観に立てば、どんな条件であれTPP参加は国益に適ったことになってしまいます。

    ◆逆もまた真であって、その結果、仮に町に失業者が溢れた場合、「雇用問題は日米同盟よりもはるかに重大な問題」といえば、TPP参加は国益を害した、ということになります。

    ◆政治家、メディア、エコノミストなどが国益、国益と連呼していますが、国益とは政治、経済などトータルで判断して損得勘定をすべきものであり、しかも、その際に既得権や個々人の価値観が混在するために、普遍的な国益というものはTPPの議論では存在しないと筆者は考えます。経団連と農業等の団体が互いに「国益」という言葉を使用して議論している図は非常に滑稽です。


    ◆TPPの本当の問題は環太平洋地域の経済交流に関するルール作りにあります。

    ◆独立した国にはそれぞれ「主権」がありますから、どのような経済政策を採用することも可能です。日本も主権を持った独立国ですから、従って日本国の権利として特定の輸入品目に対し関税をかけることができます。

    ◆TPPは、原則として、輸出入の自由化、すなわち加盟国間の関税の相互撤廃を目標にしています。その場合のメリット・デメリットはすでに新聞・テレビなどで様々なシミュレーションが報道されています。経済のルールを変えるのですから、メリットも出てくれば、デメリットも考えられるでしょう。各種世論調査に見られる国民の不安は当然です。

    ◆しかし、日本がTPPに参加しなければ、経済のルールは変わらず、現状を維持できる訳でもありません。日本が参加しないままTPPが成立し、加盟国間で関税が撤廃される一方、非加盟国への関税は高くなるかもしれません。日本は一部の農産物に何百%といった関税をかけていますが、仮に日本からの輸出品に同様に何百%という関税をかけられれば、輸出産業は崩壊します。

    ◆実のところ、日本は敗戦以来、国際政治・経済の分野で一度として国際的なルール作りを考えたことがないといえます。

    ◆戦後、日本は貿易立国として繁栄しました。それは、アメリカの主導により自由主義的な経済ルールが構築されたからであって、自然に日本が繁栄する経済環境が構築された訳ではありません。仮に自動車や家電製品に何百%という関税を設けられ、日本企業の欧米市場への参入が難しかったならば、トヨタやソニーの今日の繁栄はなかったでしょう。

    ◆国際社会は絶えず変化し、動いています。日本がTPPに参加するか否かに限らず、日本を取り巻く環境は絶えず変わります。この変化を止めることは不可能です。

    ◆従って、日本が「国益」を追求するために考えるべき問題は、自国に有利な経済ルール等をどのようにして構築するかです。TPPはその手段の一つに過ぎません。今は中国・韓国と同じようにTPPを静観し、個別に自由貿易協定を結ぶなり、AESAN+3を重視するという選択肢もあります。どれを選択するかが問題ですし、どれを選択しても、様々な国との交渉が必要になります。

    ◆自民党はTPP参加表明を拙速と批判していますが、それならば、原点に立ち返って、国際社会において自由主義的な経済ルールを浸透させるのか、保護主義的な経済ルールを浸透させるのか、日本が示すべき意思・方針は何かを具体的に表明すべきではないでしょうか。

    ◆そもそもAPEC約20年の歴史は自由主義的な経済ルールの構築にあったはずです。TPP参加表明が拙速ならば、そもそも自民党政権期に始まったAPEC参加は何のためだったのか、説明が必要になります。歴代の自民党の首相はただ域内の親睦会に出席していた訳ではないでしょう。政府のTPP参加を批判する自民党に経団連が懐疑的な意見を示すのは当然といえます。


    ◆政府の方針は首相の記者会見なり日米首脳会談であったように、自由主義的な経済ルールの浸透をアメリカと連携して取り組むということです。

    ◆構築されるルールにもよりますが、筆者はアメリカと連携して経済ルールを考えるという政府の姿勢を支持します。日本の庭ともいうべき環太平洋地域での政治・経済環境の変化を見過ごすことのリスクは大きいと考えます。特にTPPのデメリットとして挙げられているテーマなどでは、アメリカに都合のよいルールがグローバルスタンダードになることを阻止する必要があります。

    ◆日本は自国の損得勘定を考えながら、広域的な経済ルール作りに参画し、日本に不利となる条件を可能な限り排除すべきでしょう。ただし、日本の利益が他国の損失となることもありますから、一切の損なしに日本の国益を満額勝ち取ることは不可能です。見方によっては国益に適い、見方によっては国益を害する交渉の結果、トータルで利益の多い交渉結果が望ましいといえます。

    ◆損得に関する個別の問題は、自由化に例外を設けるべきと参加交渉のテーブルで主張するか、自由化を前提に、自由化後に弱体化や新たな問題の発生が予想される分野への政策的対応を充実させる等、TPPの枠組み作りの過程で検討していけばよいと考えます。






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    2011.11.15 Tue  - 外交 -   コメント 2件

    コメント

    No title
    随分ご無沙汰しております。
    ご健勝でお過ごしでしょうか?

    学者の中にもTPPに懐疑的な見解を表明している方がいますね。
    と言っても、私が知っているのは宮台真司氏と山口二郎氏くらいなのですが……

    どうやら、竹下内閣以降の日米交渉が彼らの頭の中にあるようで、
    米国が本当に日本の国益を考えていると考えて(!)各種の交渉を進めた結果、
    日本の農業や経済はむしろ沈滞してしまった――と見立てているようなのですが、
    これについてa.liberalist.77氏は如何お考えになりますか?
    2011.11.15 Tue l 神学者ヨハネ. URL l 編集
    Re: No title

    ご無沙汰しております。

    すぐにお返事をと思いながら、ご意見にあった両氏の主張をしっかり把握することができず、
    時期を逸しておりました。結局、両氏の主張を知らないままにコメントすることをお許しください。

    >下内閣以降の日米交渉が彼らの頭の中にあるようで、
    >米国が本当に日本の国益を考えていると考えて(!)各種の交渉を進めた結果、
    >日本の農業や経済はむしろ沈滞してしまった

    この内容をそのまま読んで感じることですが、
    日本の農業や経済は、日米交渉だけで弱るほど規模の小さいものではないと考えます。

    交渉結果によって、個別の産業によっては大きな影響も与えたと思いますが、
    トータルではそんなに大打撃を与えたとは考えにくいと思います。

    農業というと、非常に規模の大きい産業です。
    パッと思いつくのは牛肉・オレンジですが、畜産業やみかん生産者が、
    廃業の憂き目に合うほどの打撃を受けたとは考えられませんし、
    もし、本当に打撃を受けていれば、もっと昔に社会問題化したでしょう。

    他の産業をとっても、竹下内閣以降の日米交渉の結果、
    アメリカ製品に決定的に敗北したという産業はあまり見受けられません。

    ※あえていえば、ガン保険などは一時期、外資企業が販売できるのに
     国内企業は参入できないという、不平等な規制が設けられた結果、
     アフラック等の保険会社がシェアを伸ばしたまま今日に至る、
     という例もあります。

     しかし、外資系保険会社が多くの日本人を雇用しているという側面もありますし、
     低価格保険商品を提供したという点では、消費者に利益があったともいえます。

     それに比べると、日本の自動車会社はアメリカに工場を作り、
     アメリカ人を雇用していますが、アメリカの自動車会社は、
     日本に工場を作ってくれない、という点の方が問題かもしれません。

     自由貿易については、企業や農家といった生産者に与えるデメリットもあれば、
     シェアを外国企業に奪われても雇用や消費者の利益というメリットもありますので、
     どちらが得かはなかなか評価しにくいものと思います。


    経済や農業が沈滞しているとすれば、基本的には日本固有の事情があると思います。
    前者はデフレ経済であり、後者は単純に高コスト体質と考えます。

    日米交渉が経済・農業に打撃を与えた、今後も与える、と論じるのは、
    少し性急ではないかな、と私は考えます。







    2011.12.15 Thu l a.liberalist.77. URL l 編集

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